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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5792号 判決 1961年7月03日

原告 籏克己

被告 阿部亀吉 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告は、

被告阿部亀吉は原告に対し別紙第一物件目録記載の建物を収去して別紙第二物件目録記載の土地を明渡し、昭和三一年三月二〇日から右明渡済みに至るまで一月金一万一、一八九円の割合による金銭を支払うこと、

被告片山修、加藤一夫、佐藤松彦、佐野宗一郎、及び玉虫一郎は原告に対し、それぞれ、別紙第一物件目録記載の建物占有部分から退去して別紙第二物件目録記載の土地を明渡すこと、

訴訟費用は被告等の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、被告等は主文同旨の判決を求めた。

(原告の請求原因)

第一、事件の経過

(一)  原告は、昭和一三年三月訴外須賀利雄から別紙第二物件目録記載の土地(当時は、八七坪二合であつたが、土地区画整理の結果昭和三五年九月二二日に本換地が行われ、六五坪六合五勺に減歩されたものである。以下、本件土地という。)を買受け、被告阿部に建物所有の目的で賃貸していたが、昭和一六年四月一日東京区裁判所京橋出張所において被告阿部との間に左記条項の調停が成立した(東京区裁昭和一五年(ユ)第一五三号建物収去等調停事件、甲第七号証参照)。

(1)  原告は被告阿部に対して昭和一六年三月二〇日から賃貸借残存期間なる昭和三一年三月一九日まで引続き本件土地を賃貸すること(賃貸借残存期間につき争ありたるところ和解の結果斯く確定す)。

(2)  借主が本件借地上に存する左の建物の改築、増築をなすには予め貸主の同意を得ること。

一 木造トタン葺二階建 一棟

建坪 四七坪四合一勺

二階 三九坪三合八勺

一 木造ブリキ葺平家 一棟

建坪 六坪二合五勺

(3)  借主が本契約に違反したときは、貸主より何等の通知催告を要せず契約を解除され、建物及び工作物収去土地明渡の強制執行を受くるも異議ないこと。

(二)  ところが、被告阿部の前項記載の建物は昭和二〇年四月戦災によつて焼失した。しかるに、被告阿部は原告の承諾なしに本件地上に木造瓦葺平家建一三坪、同五坪の建物などを建てたので、原告は昭和二二年八月前記調停における増改築禁止条項違反を理由として建物収去土地明渡の調停(東京簡裁昭和二二年(ユ)第八六六号事件)を申立てたが、被告阿部が不出頭のためこれを取下げた(甲第八、第一〇号証参照)。

次いで、被告阿部が原告の承諾なしに右の建物に増改築を加えるに至つたので、原告は昭和二五年九月前同様の理由で再度本件土地明渡の調停を申立てた結果、昭和二六年五月二四日、賃料の額などを改訂した上、原告と被告阿部間の本件借地契約については前記東京区裁判所昭和一五年(ユ)第一五三号調停事件の調停調書の条項に従うものとし、該調書の効力は当事者双方の間に依然として存続することを相互に確認する旨の調停が成立した(豊島簡裁昭和二五年(ユ)第二八五号建物収去土地明渡調停事件、甲第一一、第一二号証参照)。

(三)  ところが、被告阿部は昭和二六年九月原告に無断で別紙第一物件目録記載の建物(以下、本件建物という)を新築したので、原告は同年九月五日到達の同月四日附の書面で、右建物は借地権の存続期間四年六ケ月を超えて存続する建物と認められるので、その建築に異議ある旨を通知し(甲第一四号証の一、二)、さらに、昭和三〇年九月一五日付及び翌三一年三月三日付の被告阿部の更新請求に対し自己使用の必要等を理由として同被告の請求を拒絶した(甲第一五ないし第一七号証、同第一八号証の一、二参照)。

(四)  被告阿部は本件建物の一部を被告片山外四名の相被告に賃貸し、同被告等はそれぞれ別紙第一物件目録記載の建物占有部分に居住して本件土地を占有している。

(五)  なお、原告と被告阿部間の本件土地の約定賃料は一月一万一、一八九円である。

第二本訴請求の理由

被告阿部の本件土地に対する賃借権はすでに消滅し、被告等は本件土地を不法に占有しているものであるから、被告阿部に対しては賃貸借の終了を原因とする原状回復義務の履行として、その他の被告に対しては土地所有権にもとづき、それぞれ、請求の趣旨記載の判決を求める。

賃借権消滅の事由は次の四つであつて、原告は、これらの事由を選択的に申立てるものである。もし、無断新築を理由とする賃貸借の解除が認容される場合には、昭和三一年三月二〇日から解除の日までは延滞賃料として、解除後は原状回復義務の不履行による損害賠償として賃料相当の損害金の支払を求めるものである。

(イ)  明渡期限の到来による賃貸借の終了

原告は昭和一三年三月訴外須賀利雄から本件土地を買受けたものであるが、当時原告は未成年者であつて、事実上原告の父の栄吉がその実権を握つていた。栄吉は映画館を経営していて、本件土地に関する前主須賀と被告阿部との賃貸期限が昭和一六年四月一六日限り満了することになつていた(甲第三号証参照)ので、期間満了と同時に土地の明渡をうけて映画館を建築する予定で本件土地を買受けたものである。しかるに、被告阿部が明渡に応じないので、宗宮信次弁護士を代理人として調停の申立をし、前記等一の(一)記載の調停が成立したのである。

原告が右調停において大譲歩をし、昭和三一年三月一九日までの一五年間の期間延長を承諾したのは、被告阿部が期限には必らず異議なく本件土地を明渡すことを承認したからであつて、原告はこれを信じて調停に応じたのである。訴外須賀との賃貸期間を通算すれば、右調停による賃貸期間は約三五年間の長期に及ぶわけであつて、右調停は昭和三一年三月一九日限り無条件で本件土地を明渡すことを条件として成立したものである。そして、この点は、期間満了の際における更新条項がないことと、特に無断増改築禁止条項が挿入されている(この条項は、増改築されると、事実上賃貸期間に影響し、地上建物の買取価格にもひびくので、こうした事態の発生を防止し、期限に必らず明渡してもらう配慮のもとに挿入されたものである)点からも容易に推量できることである。そして、右の調停条項は、前記第一の(二)記載のとおり、昭和二六年五月二四日成立した再調停においても再確認されているのであるから、原告と被告阿部間の本件土地の賃貸借は昭和三一年三月一九日限り終了し、被告阿部はこれを原告に明渡すべき義務があるものである。

(被告等の反論に対する主張)

(1)  被告等は、もし期間満了と同時に本件土地を明渡す趣旨のもとに調停が成立したものとすれば、当然これを示す明渡条項が調停調書に記載されているべき筈であるのに、その記載がないことは原告の右の主張が失当なものであることを示すものであるという。しかしながら、期間の満了とともに明渡す旨を調停調書に記載してこれに執行力を附するときは、賃借人側の有する建物買取請求権を失わしめる結果となり、さればとて、調停成立当時(昭和一六年四月一日)に、それより一五年後の賃貸期間満了当時における建物の買取価格等をあらかじめ協定しておくことも不可能であつたことなどのため、期限到来とともに明渡す旨の条項を挿入しなかつたものであるから、この点の被告等の主張は失当である。

(2)  また、被告等は、被告阿部が原告に対し期間満了と同時に本件土地を明渡し、あらかじめ更新請求権を放棄することを約したものであるとすれば、右の約定は借地人たる同被告に不利益の条項であるから借地法第一一条によつて無効であるという。しかしながら、元来、「借地法第十一条は、借地権者を経済的優位に在る土地所有者の圧迫から保護するためであるから、借地権者が自由に決意しうる状態にありと見られる場合にとりきめた特約の効力を同条により否定すべきでない」(後藤清、借地借家、借地篇一三二頁)。ところで、本件借地の残存期間は、調停主任判事、調停委員及び当事者の代理弁護士と本人が出席し、凡ての利害を比較考量し、慎重に取極められた一条項であり、被告阿部側も全く自由な立場において当事者互譲の結果成立したものであつて、この点は更に前記のとおり昭和二六年五月二四日の調停において再確認されている。互譲により成立する裁判上の和解契約は千差万別である。即時明渡す趣旨の和解契約もあれば、三年間、或いは五年間、十年間だけ残存期間を定めて賃貸し、借地法第四条の更新請求権を与えない趣旨の和解契約をなすことも少くない。凡ては裁判所の関与のもとに当事者が利害を比較考量し、互に譲歩の結果定まるべき問題である。殊に本件の期間は賃貸借の当初から算定すれば、三十五年の長期に及ぶのである。かかる調停条項は、借地法第一一条に抵触するものでない。

(ロ) 期間満了による賃貸借の終了

本件借地契約には借地法四条(更新請求の規定)の適用がなく、期間満了により被告阿部の賃借権は消滅したものである。

本件土地の賃借権が昭和三一年三月一九日をもつて期間満了により消滅すべきものであることは前記のとおりである。ただ、問題は、被告阿部が借地法第四条第一項本文の規定に基き更新請求をなし得るや否やである。しかるに、借地法第四条第一項によれば、借地権者が契約の更新を請求したときは、「建物アル場合ニ限リ」前契約と同一の条件を以て更に借地権を設定したものと看做すと定められている。それゆえ、更新請求をするためには、借地契約関係を継続せしめて、経済上の効果を全うせしめなければならぬような価値のある建物が在つた場合に限つて、更新請求をなし得るのである。ところで、本件地上には戦災後(1) 木造瓦葺平家建一三坪、木造瓦葺平家建五坪、附属物置トタン葺約一坪、木造トタン葺平家建六坪、木造トタン葺平家約一四坪等(甲第一一号証の争議の実情の項の(二)参照)の建物があつたが、いづれも戦後急造のバラツクに若干の増改築を加えた至つて粗末な建物で(甲第八、第九号証等参照)、池袋の繁華街の場所柄としては勿論のこと、建物自体としても、建てかえを必要とし、戦災後建物に投下した資本を回収し尽し、建物としての経済上の効用を果たし終つたものであつて、借地契約の継続を必要とするが如き価値ある建物ではなかつた。

被告は建物が右のような状態に在つたので、昭和二六年八月これを全部取毀して、同年九月、現在の木造瓦葺二階建店舗居宅一棟、建坪六八坪、二階二一坪六合八勺の本件建物を新築したのであるが、原告はこの新築建物の築造に対し、前記のとおり同年九月四日附内容証明郵便をもつて被告阿部に対してその建築着手と同時に、遅滞なく「残存借地期間四年六ケ月を超えて存続する如き建物の建築に異議ある旨」を通告した。しかるに、同被告は、原告のなした異議を無視し、建築局の正規の建築許可を受けることなく、窃かに(多くは夜間、表側を遮蔽し、内部で人目を避けて)建築工事を進めて本件建物を新築したのである。かかる異議を無視して建てられた建物の如きは、異議による当然の効果として、期間満了とともに、法律上、土地賃貸人に対しその建物の存在を対抗し、之を主張し得ないものと認めなければならない。従つて借地権者は、借地法第四条第一項本文にいわゆる「建物ある場合」として地主に借地権の更新を請求し得ないものと解すべきである。若し借地権者が異議を無視して建物を築造し、借地権消滅の時期に至つて、さきに異議を無視して築造した建物の在ることを理由として契約の更新を請求し得るものとするときは、土地所有者の異議は全く無意義となり、何の効果も認められないことになり、借地権者は、賃借期間の終る数年前を見計らつて新築をなすことにより永久に賃借権を継続し得られることになり、借地法が借地権に存続期間を設け、土地所有者に異議権を認めた趣旨が全く没却せられてしまう。借地人の居住の安定と投下資本の回収はこれを保護する必要があるけれども、その保護にも自ら限度がある。所有権を無視し、土地所有権の弾力性を永遠に否定するが如き解釈は、所有権の尊重を基本原則とするわが法制と相容れない。それゆえに、被告は借地法第四条の更新権を有するものではない。

なお、被告等は増改築禁止条項の失効を理由として原告の異議が無効のものであるというが、その理由のないことは後記(二)における反論のとおりである。

(ハ) 更新拒絶による賃貸借の終了

原告は被告阿部の更新請求を拒絶し、これを拒絶するにつき正当の事由があるから、これにより本件土地の賃貸借は昭和三一年三月一九日限り期間満了により終了したものである。

原告が被告阿部に対してその更新請求を拒絶したことは前記第一の(三)記載のとおりである。以下、正当事由について述べる。

(土地使用の必要性)

原告及びその父籏栄吉は財数億の資産家で、映画劇場並びに木材、森林の経営等を職業とし、被告阿部との本件土地の賃貸借期限たる昭和三一年三月一九日の到来とともにこれが明渡を得て之に隣る約一〇〇坪の原告所有地と併わせ、右両地上に映画館を施設する予定で右約一〇〇坪の隣接地を十数年間空地の儘として待機していたが、被告阿部が期限経過後も容易に明渡さないので、止むなく、原告は、本訴提起後その計画を変更して右約一〇〇坪の地上に三階建の総坪数地下を含めて約三四〇坪の一館を建設して現在映画劇場を経営している。本件土地には、被告阿部より明渡を得た上は、直ちに地上一〇階、地下二階のビルを建築し(甲第二一、二二号証参照)、原告及び父栄吉の経営諸事業(映画、林業、木材業等)の本部ともいうべき事務所をそこに設置し、余りの部屋は貸ビル等に使用の計画を持ち、その実現を待望しているものである。

なお、原告は本件土地附近に原告名義で二八五坪、父栄吉名義で五八坪六合一勺、外に借地一五六坪一合三勺を有するけれども、ここには十階建のビルを建ててデパートに賃貸する別計画を立ているので、本件土地以外に原告が附近に土地を所有しているからと言つて、本件土地を自ら使用する必要を減ずるものではない。

これに反し、被告阿部は本件建物を全部自から使用しているのではなく、大部分は別紙第一物件目録の記載のとおり相被告等に賃貸しているのである。しかも、被告阿部は不動産の売買仲介等を業としている者であるから、その職業柄、本件土地の如き池袋駅附近の繁華な目抜の場所を必らずしも必要とするものでもない。

(被告阿部の不信行為)

被告阿部は、前記の如く、建物増改築の場合には予め賃貸人たる原告の承諾を要する旨の調停条項に違反し、戦災後建物を建築するにつき原告の同意を求めなかつたし、その後の増改築についても同様原告の承諾を求むるところがなかつた(甲第八、第九、第一一号証参照)。原告はその都度被告の契約違反を理由に建物収去土地明渡の調停申立をしたが(甲第八、第一一号証)、特に宥恕して、昭和三一年三月一九日までの当初の調停による期限を尊重し、それまで引続き阿部に賃貸する再調停を成立せしめたのである(甲一二号証)。然るに阿部は、前記のとおり、賃貸借の残存期間が僅か四年六ケ月しかないのに、又もや原告の承諾を得ず、原告の異議を無視して本件建物の新築を敢行したのである。

右のとおり、被告阿部は、借地権残存期間四年六ケ月を超えて存続する本件建物を原告の異議を無視して築造したのであるから、被告阿部は無視して建てた新築に基く効果を期限を超えて原告に主張することができない筋合である。ゆえに、かかる異議を無視して新築を強行した賃借人に対しては、土地所有者は当然更新を拒む正当の理由を有する(後藤清著「借地借家、借地篇」一八五頁、中川、松島著「借地借家」八二頁、広瀬武文著「借地借家法」コンメンタール19九七頁参照)。

もともと、被告阿部の住居と原告の父栄吉の経営する日勝映画劇場は隣り合つているのであるから、増改築や新築については一言の挨拶位いあつて然るべきであるのにそれすらなさず、前記のように調停調書の条項違反が反覆されてきたのである。仮りにかかる条項がない場合でも、増築をする場合には地主の、ことに地主がその隣家に在るときは、その同意を求め、挨拶をするのが借地人として当然のことである。また、調停を起しても数回の呼出に故なく応じなかつた(甲第八号証に示す如く昭和二十二年八月一九日提出の調停申立は被告が出頭しないため翌二三年一一月一日甲第一〇号証で取下げになつている。)すなわち、阿部は最も好ましからざる借地人であつて、原告に対しては常に信義に反し、終始信頼関係に背きありし借地人である。

(保護の厚薄)

由来、借地法による更新は借家法による更新と異なり一たん更新せられると、更に二十年または三十年以上借地権が存続する。殊に本件地区は防火地区で堅固の建物しか築造を許されないし、場所柄都市の美観上高層のビル建築たるを要するゆえ更に長期間存続せしめられることになり、土地所有者たる原告に対して由々敷結果をもたらすのである。これに反し、土地賃借人たる被告阿部としては、長期にわたる借地期間の経過(前主須賀の賃貸した大正一〇年より通算すれば昭和三一年まで賃貸期間は三五年になる。)によつて、借地の目的は既に達せられているものと言うべきであるから、この上は、被告阿部に対しては現存建物の買取請求権による保護を与えることで十分足るべき筈のものである。

右の諸事情を綜合考覈するときは、原告は阿部被告の更新請求を拒絶し得る正当の事由を有すること明らかである。

(ニ) 無断新築による契約解除

原告と被告阿部との間の本件土地の賃貸借には無断増改築禁止の特約があり、これに違反したときは直ちに賃貸借を解除できる旨の定めがあること、被告阿部が昭和二六年九月右条項に違反して本件建物を無断で新築したことは前記のとおりである。よつて、原告は、仮りに本件借地契約がなお存続するものとすれば、本訴において右借地契約を解除する(原告は昭和三六年三月二九日の第一二回口頭弁論期日において解除の意思表示をしたものである。)

なお、原告は被告阿部の本件建物の建築に対して、前記のとおり、遅滞なく異議を述べ、その後賃貸借の更新を拒絶し、昭和三一年七月二五日本訴を提起して賃貸借の存続を争いおるものであるから、暫く解除権を行使せざりし故をもつて前記事由に依る契約解除権を失うものではない。直ちに原告が之を行使しなかつたのは、期限に阿部被告が明渡を履行することを期待した為であるから、その行使に遅滞あるものではない。

(被告等の反論に対する主張)

(1)  被告等は、無断増改築禁止条項について、建物所有を目的とする土地の賃貸借においては借地人は地上に建物を建てて十分に土地を利用収益すべく、地上建物が利用収益上増改築を必要とするときは任意にこれをなすことができ、地代を徴収する賃貸人としては、これを認容すべき義務があるという。しかしながら、建物の維持保存に必要な程度を超える増改築は、借地権の存続期間や建物買取価格をめぐつて賃貸人たる地主に不利益を蒙らしめることは否定できないゆえ、借地法は、これ等の点についての当事者の合意を排除するものでない。(同趣旨大判昭和五、四、五日民集九巻五一一頁、評論一九巻諸法四三九頁、大判昭和一三、六、二一日民集一七巻、一、二六三頁、東地昭和三三、一〇、一五日下級九巻一〇号二、一一二頁)。判例を按ずるに、「増改築に賃貸人の同意を要する特約のあるに拘らず、賃借人が之に違背して大改修工事を敢行したる場合に於て、賃貸人は仍ほかかる不信の賃借人と従前の賃貸借関係を継続せざるべからずと解する如きは、対人信用に基き賃貸借契約を締結せる賃貸人の利益を無視するものなること勿論なれぼ、かくの如き場合に於ては、却て従前の賃貸借関係を一掃するの必要且つ正当の理由あるものと謂はざるべからず。然らば賃借人の右特約違背に因りその履行不能となりたるときは、賃貸人は之を理由として土地賃貸借契約を解除し得べきものと解するを相当とす」(大判昭和一三、六、二一日民集一七巻一、二六三頁)とあつて、増改築に予め賃貸人の同意を要する私成証書による契約違反ですら、解除が認められる。

本件は、前記のとおり、増改築でなく新築であり、単なる私成証書の特約違反ではなく、調停調書の条項違反である。そして、調停条項に違反したときは直ちに貸主より契約を解除せられ、建物及び工作物収去土地明渡の強制執行を受くるも異議なきことが約されているのであるから、被告において解除の効力を争う余地なき事案である。

(2)  被告等は、増改築禁止条項は戦災と区画整理の施行によつて失効した、仮りに失効しないとしても、本件建物の築造に対して右の条項を発動することは権利の濫用であるというが、原告はこれを争う。仮りに一旦失効したものとしても、原告と被告阿部との間には仮換地指定後の昭和二六年五月二四日再調停が成立し、右再調停において当初の調停における増改築禁止条項の効力を再確認しているのであるから、その有効なること勿論である。また、原告が本件建物建築当時直ちに右の禁止条項を発動して契約解除の挙に出なかつたのは、被告阿部の違反は重大ではあるけれども、区画整理の場合に直ちに約定違反による解除権を行使することは妥当でない。むしろ残存期間の満了を待つて明渡を求めるのが穏当であると考え、前記のとおり、期間満了の際被告阿部がこれを明渡すべきことを期待してその権利行使を保留したものに外ならない。原告は信義則に従つて慎重にこの権利を行使しているものであるから、権利濫用という被告等の主張は当らない。

(3)  また、被告等は、区画整理に基く換地は従前の土地と看做されるから、被告阿部は本件地上に従前(戦災前)所有しておつた木造トタン葺二階建一棟建坪四七坪四合一勺、二階三九坪三合八勺及び木造トタン葺平家一棟建坪六坪二合五勺の建物を換地上に建築所有しうるをもつて、被告阿部は昭和二六年八月に戦災後の仮建築の建物を戦災前の従前の建物に近く増改築をなしたものである。したがつて、この増改築には原告の承諾を要しないものであるから、原告のなした異議の申出も契約解除の意思表示も共にその効力がないものであるという。しかしながら、区画整理による換地は法律上従前の土地と看做されるが、それは、あくまで土地についてのことである。それがため戦災後の仮建築の建物を当然戦災前の建物に近い坪数の建物に増改築をする権利があるということはありえない。しかも、被告のいわゆる昭和二六年八月の増改築は、前記のとおり、増改築でなく、純然たる新築であり、残存期間を超えて存続する建物である。したがつて、原告が之に異議を申出たのは当然である。また、如何なる建物を建てるかが、賃貸人の利害に及ぼす影響は、区画整理の場合と区画整理以外の場合とにより異なるところはない。ただ、区画整理により止むを得ずしてなす必要な増改築に対し不合理に承諾を拒むことは妥当でないというに止まる。調停条項に違反して無断で新築してもよい理由は少しもないのである。

(被告等の答弁)

第一の事実はこれを認める。但し、本件建物は新築の建物ではなく、後記のとおり、昭和二六年八月従前の三棟の建物に増改築を加えて成つたものである。

第二の(イ)の事実のうち、本件土地買受の動機ないし目的は知らない。

第二の(ロ)の事実のうち、被告阿部が戦災後本件地上に原告主張のような応急建物を建て、これに増改築を加えたこと、被告阿部が昭和二六年八月に本件建物を築造したこと、原告から同被告に対して右建物の建築につき借地権の残存期間を超える建物であるとしてその主張のような異議の申出があつたこと、本件建物の建築につき正規の建築許可がなかつたことは認めるが、原告主張のように窃かに建築工事を進めたような事実はない。

第二の(ハ)の事実のうち、右に認否したものの外、原告とその父が映画劇場、木材、森林の経営等を業としている大資産家であること、原告が本件土地に隣接して約一〇〇坪の土地を所有し、右地上に本訴提起後、その主張のような映画劇場を建築したこと、被告阿部が戦前戦後を通じて本件地上の建物の一部を他人に賃貸して使用させていること、被告阿部の住居と原告の父栄吉の経営する日勝映画劇場が隣り合つていること、原告主張のような調停の申立があつてそれが取下げになつたこと、本件地区が防火地区で堅固な建物しか建築を許可されない地域であることは認めるが、その他の事実は争う。被告阿部は調停期日に不出頭を重ねたようなことはない(乙第一二号証参照)し、戦災後の応急建物の建築やその増改築並びに本件建物の建築についても、その都度原告の承諾を求めたが、原告は言を左右にしてその承諾を拒んでいたものである。

第二の(ニ)の事実のうち、原告が昭和三六年三月二九日本件建物の無断新築を理由として契約解除の意思表示をしたことは認める。その他の認否は前記のとおり。

(本件建物の建築は増改築禁止条項にふれない)

本件地上にあつた戦前の建物は昭和二〇年四月附近の建物とともに戦災によつて焼失した。そして、昭和二一年に入つて本件土地をふくむ池袋一丁目には土地区画整理が施行されることになり、同年十月一日その旨の東京都告示があり、同時に区画整理のため必要があるときは区域内の建物に対し無償で移転又は除却を命ずることがある旨も通告された。したがつて、被告阿部をはじめ整理地域内の建物所有者は区画整理による換地がきまるまでは到底本建築をすることができない状態にあつたのである。その後整理が進み、昭和二五年一〇月一二日に仮換地の指定があり(乙第五号証の一ないし三参照)、次いで被告阿部等に対して移転、撤去及び立退の命令が発せられ、立退期限を昭和二六年三月二〇日、撤去期限を同月二四日、移転期限を同月三一日と定められたのである(乙第八、第九号各証参照)。

本件土地は、区画整理前は別紙図面の青色を以て囲む土地であつたが、区画整理の結果、環状道路から向つて左側の部分に四米道路(黄色を以て表示する部分)が開設せられたため二分されることになり、換地は右新道路と環状道路に挟まれる略短形の土地六五坪六合五勺となつた。被告阿部は換地指定前には本件地上に、

木造瓦葺平家建 店舗居宅 一棟

建坪 二四坪五合

(別紙図面<14>と表示する建物)

木造トタン葺平家建 店舗居宅 一棟

建坪 一五坪

(別紙図面<15>と表示する建物)

木造トタン葺平家建 物置 一棟

建坪 四坪

(別紙図面<16>と表示する建物)

を建築所有していた(乙第一〇号証参照)が、前記のように道路の開設と換地の指定によつて<15><16>の建物を換地上に移さざるを得なくなつた。ところが、右二棟の建物を換地上に移築するには<14>の建物も換地の南側の新道路の方に寄せなければならなかつた。このように移築を重ねていては多大の費用を要するので、むしろ<14>の建物を増改築する方が有利だつたので、これに増改築を加えて昭和二六年八月本件建物を建築したものである。

こうした経緯からすると、原告と被告阿部との間に再調停が成立した昭和二六年五月二四日当時には既に仮換地の指定があり、移築期限も過ぎていたのであるから、原告は被告阿部が従前の土地にあつた建物を換地上に移転させなければならない事情にあることは十分承知していたものといわなければならないから、右再調停の主眼は、前調停における賃貸借の存続期間を再確認する点にあつて、増改築禁止条項の効力を再確認する点にはなかつたものと推量されるが、それは兎に角として、第一回調停における増改築禁止条項は戦災と、それに続く区画整理の施行という事情の変更によつて失効したものである。仮りに、その効力があるとしても、戦災と区画整理による已むを得ざるに出でた本件増改築に対して右の禁止条項を発動することは権利の濫用であつて信義則に反するものである。したがつて、本件建物の建築に対する原告の異議も、これを理由とする契約の解除も共にその効力がない。

(正当事由の欠缺)

原告とその父栄吉が本件土地の附近に相当面積の土地を有することは原告の自認するところであるが、さらに原告とその父栄吉は池袋一丁目七二二番地の五、七四〇番地の一、七三二番地の六、七三四番地の五、七四〇番地の二(三越百貨店池袋支店の裏手にあたる)に公簿上七七〇坪の一区画をなす空地を所有し、区画整理による減歩を見込んでも約五〇〇坪の更地を所有しているのである(乙第二、第三号各証参照)から、仮りに原告がその主張のような事務所建築の計画を有するとしても、容易に右地上に建築することができる筈であるから被告等に対して本件土地の明渡を求める必要はない。

被告阿部は大正四年、父の代から本件土地を賃借して居住し、戦前は足袋商を経営する傍ら建物の一部を他人に賃貸して生活し、戦後は足袋商及び不動産仲介業を営み、前後四十数年にわたつて本件土地を生活の本拠とし、ここを終生の地と定めているのであるから、原告の営利事業のために本件土地の明渡を求められるべき理由はない。

(その他の主張)

便宜、(原告の請求原因)中に被告等の反論として摘示したとおりである。

(証拠関係)

原告は第一ないし第五号証、第六号証の一ないし四、第七ないし第一三号証、第一四号証の一、二、第一五ないし第一七号証、第一八、第一九号証の各一、二、第二〇ないし第二九号証を提出し、証人宗宮信次、成松勇、久米真次、籏栄吉の尋問を求め、乙第一号証の一、二、第七号証の一ないし三の成立は不知と述べ、その他の乙号証の成立及び乙第一〇号証の原本の存在を認め、乙第六号証の一、二、四を利益に授用し、

被告等は乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし六、第七ないし第九号証の各一ないし三、第一〇ないし第一二号証(第一〇号証は区画整理事務所保存の図面の写)を提出し、証人志賀信太郎、鈴木菊蔵及び被告阿部亀吉本人の尋問を求め、甲第二、第九、第二一、第二二号証の成立は不知と述べ、その他の甲号証の成立を確めた。

理由

(争のない主要事実)

左記の事実は当事者間に争がない。

原告と被告阿部との間に昭和一六年四月一日、原告は同被告に対して、本件土地を建物所有の目的で昭和一六年三月二〇日から賃貸借残存期間なる昭和三一年三月一九日まで引続き賃貸すること、被告阿部が当時右借地上に建築所有していた木造トタン葺二階建一棟建坪四七坪四合一勺、二階三九坪三合八勺及び木造ブリキ葺平家一棟建坪六坪二合五勺の建物に増改築をする場合はあらかじめ原告の同意を得ることを要するものとし、これに違反したときは直ちに賃貸借を解除され、土地明渡の強制執行をうけても異議がない旨の調停が成立したこと。

昭和二六年五月二四日原告と被告阿部間に再調停が成立し、その再調停においては、賃料の額などを改訂した外はすべて右の当初調停の調停条項によるものとし、その効力が再確認されたこと。

被告阿部が昭和二六年八、九月頃本件土地に本件建物を作り、これに対して原告が同被告に対して同年九月五日到達の書面で右建物は残存期間四年六月を超えて存続する建物であるからその建築に異議がある旨の通知をしたこと。

被告阿部が原告に対して昭和三〇年九月及び翌三一年三月上旬に借地契約の更新を請求し、原告が自己使用の必要等を理由としてこれを拒絶したこと。

原告が被告阿部に対して、昭和三六年三月二九日、本件建物が無断新築であることを理由として契約解除の意思表示をしたこと。

被告阿部が現に本件地上に本件建物を所有し、原告主張の建物部分を相被告等に賃貸し、被告等において原告所有の本件土地を占有していること、そして、本件土地の賃料が一月金一万一、一八九円であること。

(明渡期限の到来による賃貸借の終了について)

原告は、本件賃貸借における昭和三一年三月一九日までという賃貸期限は同時に明渡期限であつて、前記調停は被告阿部において昭和三一年三月一九日限り本件土地を明渡す約定のもとに成立したものであつて、かかる約定は借地法上も有効なものであると主張する。

よつて按ずるに、宗宮信次、籏栄吉両証人の証言によれば、原告の父栄吉は訴外須賀利雄から映画館建設の目的で本件土地を買受けたものであるが、被告阿部が明渡の要求に応じないので、宗宮弁護士を代理人として調停の申立をし、右調停において、賃貸期間の満了と同時に本件土地の明渡を受けることができるものと信じ、阿部側の主張を容れて、賃貸借の存続期間を昭和三一年三月一九日までと定めることに同意したものであることが認められるが、右の賃貸期間は賃貸借の残存期間につき争ありたるところ和解の結果かく確定したものであること(この点は当事者間に争なく、調停調書にも特にその旨が明記されている)、その残存期間が調停成立の時から約一五年に及ぶ長期のものであること、期間満了と同時に明渡す旨の特約が成立したときは調停条項にその旨の所謂土地明渡条項が明記されるのが一般の事例であることなどに鑑み、且つ、この点に関する被告阿部本人の陳述を併せて考慮すると、右の調停において原告と被告阿部との間に果して原告主張のような明渡の特約が現に成立していたものかどうかの点については多分に疑を容れる余地があるとしなければならない。なお、また仮りに原告主張のような特約が成立していたものとしても、右の特約は借地人に不利益な条項であるから、借地法一一条によつてこれを定めなかつたものと看做されることになる。この点に関する原告の所論は独自の見解で採容できない。

(期間満了による賃貸借の終了について)

この点に関する原告の所論は、要するに、被告阿部は昭和二六年八月残存期間四年六ケ月を超えて存続する本件建物を建築し、原告はこれに対し遅滞なく異議を述べたから、本件賃貸借には契約の更新に関する借地法第四条第一項の規定の適用がなく、本件賃貸借は期間の満了と同時に終了したものであるというにあるが、借地権消滅前に建物が滅失した場合に残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対して、――本件建物の建築がこの場合に該るものであることは後記のとおりである。――土地所有者が遅滞なく異議を述べたときは、土地所有者は、借地法第七条の規定により、いわゆる法定更新に関する規定の適用を免かれることができるが、期間満了の際に建物があるときは、借地人は土地所有者に対して同法第四条の規定により契約の更新を請求することができ、土地所有者の異議は更新拒絶に関する正当事由の存否を判断する場合にこれを斟酌すれば足るものと解するのが相当であるから、原告の右の所論はそれ自体失当である。

つぎに、原告の述べた右の異議が更新拒絶の正当事由としては如何なる程度の比重を持つべきものであるかを便宜ここで検討しておくことにする。

被告阿部が戦前本件借地上に前記のとおり木造建物二棟(総坪数九三坪余りのもの)を所有していたが、この建物が昭和二〇年四月戦災によつて焼失したこと、その後同被告が木造瓦葺平家建一棟一三坪、木造瓦葺平家建一棟五坪附属物置トタン葺約一坪、木造トタン葺平家建一棟六坪等の応急建物を建てたことは当事者間に争がなく、戦後本件土地附近一帯に土地区画整理が施行されたことは公知の事実である。そして、成立に争のない乙第五号証の一、二、同第八、第九号証の各一ないし三、同第一〇号証(原本の存在についても争がない)と同じく成立に争のない甲第二九号証、証人志賀信太郎の証言と被告阿部本人の陳述の一部に徴すると、区画整理の結果、本件土地については昭和二五年一〇月一二日換地予定地が指定され別紙図面の青線(太線)をもつて囲まれた従前の土地が同図面の赤線(点太線)で囲まれた矩形の土地となり、その南側に道路が開設されることになつたので、当時被告阿部が所有していた別紙図面<14>、<15>、<16>の三棟の建物のうち<15>、<16>の二棟の建物はこれを撤去するか、移築するかする外はない状態になり、被告阿部に対してそれぞれ昭和二六年三月二〇日、同月二四日、同月三一日を期限とする立退、撤去、移転の命令が発せられていたこと、被告阿部は右の<15>、<16>の二棟の建物を取りこわし、<14>の建物もこれを解体し、昭和二六年九月頃、総坪数八九坪余の木造二階建の本件建物一棟を新築したものであることが認められる。被告阿部本人の陳述のうち本件建物は<14>の建物に増改築を加えて竣工せしめたものであるという供述部分は措信できない。そして、宗宮、籏、両証人の証言と弁論の全趣旨によれば、原告は本件建物の築造を知つて、これに対して、前記のとおり、本件建物は残存期間四年六ケ月を超える建物であることを理由として異議を述べたが、被告阿部はこれを無視して本件建物を築造したものであることが認められる。

右に認定したところからすれば、本件建物は戦災によつて旧建物が焼失し、戦後の応急建物も区画整理の結果三棟のうち二棟を取りこわさざるを得なくなつた結果新築されたものであつて、その総坪数も戦前の旧建物よりは若干少いものであること明らかであるから、借地人が、たとえば、朽廃に近い旧建物を任意に取りこわしてその敷地に新たに新建物を築造する場合(念のため附記すれば、当裁判所は、この場合は借地法第七条の「借地権ノ消滅前建物カ滅失シタル場合」にあたらないものと解しているのである。)などとは全くその趣きを異にするものと言わなければならない。設例のような場合には、土地所有者の異議は一般に更新請求拒絶の正当事由としてほとんど絶対的な比重を持つものといつて差支えないだらうが、戦災と区画整理による本件の場合には、その比重は著しく軽少なものと観るのが相当である。そうでなければ、借地人が不当な不利益を蒙るだけでなく罹災都市借地借家臨時処理法の所期の目的に反し戦災の復興が妨げられる結果になるからである。この点に関する原告の所論は、借地人の自由な意思にもとづく建物の任意的滅失の場合と借地人の意思にもとづかざる外部的滅失の場合を区別せず、後者の場合と前者の場合とを同一視するものであつてその不当なることは期間満了の数ケ月前に建物が外部的事情によつて滅失した場合を考えれば自から明白なことであつて、当裁判所の到底採容できないところである。

(更新拒絶による賃貸借の終了について)

原告及びその父栄吉が映画劇場、木材、森林の経営等を業とする大資産家で、本件土地の附近にも相当面積の空地を保有していることは当事者間に争なく、証人成松勇、久米真次、宗宮信次、籏栄吉の各証言によると、原告は本件土地に映画館やホテルの建設を計画していたが、現在は本件地上に高層のビルデイングを作り、前記の各事業を統轄する本社を置き、余分の室はこれを貸事務所にする計画を樹てていること、本件土地附近にも約五〇〇坪の更地を所有しているが、ここには別にデパートを建てる計画があるので本件土地の明渡を求めているものであることが認められ、一方、被告阿部本人の陳述によると、同被告は大正四年父の代から本件土地に居住し、不動産仲介業と水菓子商を営んでいるものであることが認められ、同被告が戦前戦後を通じて地上建物の一部を他人に賃貸していることは当事者間に争がない。

右の事実によれば、本件土地を必要とする程度は被告阿部の方が遥かにその緊要度が強いことが明らかである。

原告は、被告阿部が原告の異議を無視して残存期間を超えて存続する本件建物を築造したことをもつて重大な不信行為とし、これを更新拒絶の正当事由の重要な要素に数えるが、本件の場合にはその比重が著しく軽少なものであることは先きに判示したとおりである。

また、原告は、被告阿部が昭和一六年四月の調停において成立した増改築禁止条項に違反して戦後原告の同意なしに本件地上に応急建物を作つたり、これに増改築を加えたことをも非難し、ことに昭和二六年五月二四日の再調停において増改築禁止条項を再確認しておきながら同年九月これに違反して本件建物を新築したことをもつて被告阿部の著しい不信行為であると主張する。しかしながら、前記のとおり、当初の調停において増改築禁止条項の対象とされていた旧建物は戦災によつて焼失しているのであるから、右の禁止条項は旧建物の焼失と同時にその対象を失い、これにより自然消滅に帰したものと解する外なく、したがつて、戦後の応急建物の建築は借地法第七条の問題たるにとどまり、これを前記禁止条項の違反とみることはできないし、本件建物の築造は後に判示するとおり、再調停における増改築禁止条項の違反としてこれを問責することができない関係にあるのであるから、原告の右の主張も採容できない。そして、無許可建築の点は、行政上の観点から規整せられるべき別個の問題である。

なお、原告は、被告阿部が調停期日にも不出頭を重さねて誠意を示さず、好ましからざる借地人であつたと言い、成立に争のない甲第一〇号証と宗宮証人の証言によると、昭和二二年(ユ)第八六六号調停事件は原告において被告側不出頭のため調停成立の見込がないとしてこれを取下げている事実が認められるが、これ亦正当事由の構成要素としてはさして重要視すべきほどの事情ではないし、原告主張の保護の厚薄も借地法の建前からしてやむを得ないことである。

右に判示したところを綜合すると、原告が被告阿部の更新請求を拒絶したことは前記のとおり当事者間に争のないところであるけれども、これを拒絶するにつき正当の事由があると認めるには稍々不十分であると言わざるを得ない。

(無断新築による契約解除について)

昭和一六年四月原告と被告阿部間に成立した調停において増改築禁止条項が約諾され、原告の承諾なしに増改築をしたときは直ちに賃貸借を解除されても異議ない旨の特約がなされたこと、次いで昭和二六年五月二四日の再調停において右の特約の効力が再確認されたことは当事者間に争がない。被告等は右特約の存続を争うので、この点を観ると、当初の調停における増改築禁止条項が戦災による旧建物の焼失と同時にその効力を失つたものであることは前示のとおりであるが、昭和二六年五月二四日の再調停が昭和一六年四月の当初調停における増改築禁止条項の違反を理由とする原告の土地明渡の調停申立にもとづいて成立したものである点(この点は当事者間に争がない)と、右の再調停において当初調停における増改築禁止条項が再確認されている点からすれば、右の再調停において増改築禁止条項が再び復活したものとみるのが相当であると思われる。もつとも、再調停成立当時には、前段判示のように、すでに仮換地の指定が行われ、被告阿部に対して立退、撤去、移転の命令が発せられ、その期限もすでに経過していたのであるから、再確認された増改築禁止条項の内容が具体的に如何なるものであつたのか、それがいづれの建物を対象としてなされたのかという点になると、これを合理的に確定することは甚だ困難で増改築の禁止対象を特定しない禁止特約として法律上無意味なものとみる余地がないわけでもなく、その内容を特定することのできない約定として法律上の効力をもち得ないものとみる余地もないわけではないけれども、これらの点は暫らく措き、本件建物の新築と右の禁止条項の関係を検討してみることにする。

増改築禁止の特約とこれが違反による賃貸借解除の特約は借地法第一一条に違反するものではないから、契約自由の原則によつていづれもその効力を認めて差支えないものと解されるが、右の特約も法律行為解釈の原則に従つてこれを合理的に解釈することが必要である。そして、増改築禁止特約のうちには従前の建物を取りこわしてその敷地に新たな建物を新築する場合をもふくむものと解すべきこと勿論であるけれども、本件建物の新築は前段認定のように戦災による旧建物の焼失と区画整理による応急建物の撤去による已むを得ざる築造であつて、社会通念上、その築造について十分な合理的理由が具つている場合にあたるとみるべきものであるから、建物所有を目的とする賃貸借の目的から言つて、かかる場合には増改築禁止条項はその効力を制限され、これにその効力を及ぼさないものと解するのが相当であり、仮りにその効力が及ぶとみても、これを責めて、条項違反を理由として約定解除権を行使することは著しく妥当を欠き権利の濫用にあたるものと解するのが相当であると考える。したがつて、本件建物の新築による契約解除を云々する原告の主張は、爾余の判断をするまでもなく、失当である。

(むすび)

右のとおり、原告の請求はすべて理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

第一物件目録

東京都豊島区池袋一丁目七四三番地

家屋番号 同町甲七四三番の二

木造瓦葺二階建店舗居宅一棟

建坪六八坪 二階二一坪六合八勺

一 被告片山の占有部分

右建物の階下向つて右端二二坪五合

二 被告加藤の占有部分

右建物の階下向つて右端より二番目約一〇坪五合

三 被告佐藤の占有部分

右建物の階下向つて右端より三番目約一〇坪五合

四 被告佐野の占有部分

右建物の階下向つて右端より四番目約四坪五合

五 被告玉虫の占有部分

右建物の階下向つて左端約二坪五合

第二物件目録

公簿上

東京都豊島区池袋一丁目七四三番地の五

一、宅地 八七坪二合

実測上

一、宅地 六五坪六合五勺

図<省略>

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